人形アニメーション 夜話

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フィル・ティペット その2

『MAD GOD』2022年
フィル・ティペット監督作。
糞尿にまみれた地下の地獄で蠢く怪物たちに囲まれた世界。そこに何らかの使命を帯びたガスマスクの男が降り立ち旅をする物語。

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一切の台詞は無く、映像と音響のみで物語は進行する。奇怪でおぞましい怪物たちは、一心不乱に何かの作業に打ち込んでいるが、非効率で無慈悲で無意味で無駄なその行動が世界の荒廃を表している。そして最終盤にはサイケデリックなイメージが満ち溢れ観客を更に異世界へトリップさせる。

映画を鑑賞するのに物語が明確でないと不満を漏らす人たちがいるが、彼らのせいで無駄に説明的な台詞、ナレーション、字幕などが追加される。しかし言葉に頼らず映像の氾濫によってしか表すことが出来ない像を提示し、観客の頭の中に今までで経験したことがない印象を植え付ける映画もある。この映画はそういうものだ。
探索者が地下へ降り立つという物語の端緒は『JUNK HEAD』を想起させるものだが、アレックス・コックスが演じたラストマンと呼ばれる男が穴蔵を覗き込む姿は、クエイ兄弟の名作『ストリート・オブ・クロコダイル』で男が唾を垂らすことで装置が作動する場面をも思い出させる。

人形アニメーションは、子供向けの作品が多く作られる。それは人形に親しんだり人形で遊んだりするのは子供のすることで、子供はそういう遊びが大好きだから。しかし、そんな人形を使って奇怪なイメージを創出させようとする創造主たちがいる。ヤン・シュワンクマイエルクエイ兄弟もブルース・ビックフォードも決して子供に見せてはならないようなイメージを創出して我々に提示してくれる。本作『MAD GOD』も。
映画というものは人間が俳優として登場するけれど、人形アニメーションでなら俳優の力に頼らずに製作できる。俳優の容姿やその姿から想像される内面は、映画に大きな影響を与えるけれど、人形に演技をさせることでその呪縛から逃れることができる。そしてその人形に魂を込める作業を通して作者の魂が乗り移るのだ。俳優が演じた狂気は俳優の中にある狂気だが、人形の演じた狂気は創作者の狂気だ。『MAD GOD』にはフィル・ティペットの狂気があらゆる場面に充満していて、我々はそれに驚愕し感嘆しうっすら涙さえ滲ませる。

パンフレットでは『JUNK HEAD』の堀貴秀監督との対談が収録されていて、そこではこのように語っている。

ゴーモーションは、アクション大作の進化とともに、VFXのレベルを引き上げるために開発しました。ただ私の場合、頭の中で物体を視覚化するのが得意で、ストップモーションの方が、そのイメージを立体化しやすい。一方で、私はほとんどのストップモーションの作品があまり好きではありません。最終的にCGっぽく感じられるからです。私は、想像上のキャラクターが見えない力で“動かされている”感覚や、ストップモーションのプロセスが伝わる作品が好きですね。

昨今の人形アニメーション大作の進化には目をみはるものがある。転機はヘンリー・セリック監督作の『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(1993年)だと思う。ティム・バートンという人気監督による製作で、未だかつてこのような物量と技術が投入された人形アニメーションは見たことがなかった。この映画を制作したアニメーション・スタジオLAIKAはその後も進化を続け『コララインとボタンの魔女 』(2010年)、『KUBO』(2017年)と驚愕のアニメーションを我々に見せてくれている。近作では、LAIKAではないがギレルモ・デル・トロ監督の『ピノッキオ』(2022年)も素晴らしい大作だった。

でもね、人形アニメーションの技術が進化し人形の動きが限りなく滑らかになっていくのを驚きと喜びに包まれながら見ていても、何か失った淋しさを感じるのも事実。長らく人形アニメを見てきているからノスタルジーなのかも知れないが、ロマン・カチャーノフが『手袋』(1967年、邦題『ミトン』)で見せた少女が子犬のぬいぐるみを撫でる手つきの描写や、レイ・ハリーハウゼンが『アルゴ探検隊の冒険』(1963年)で見せた骸骨戦士と人間が戦う驚異のシンクロなど、そんな作品たちと比べると昨今の大作映画には失われていく何かがあるような気がしているのも事実。手作りでなければいけないなどとは言わないけれど、あの風合いが失われつつあるとも思う。でも本作『MAD GOD』は人形が動いているということを忘れさせず、それでいて人形たちの足取りには重厚ささえ感じるような動きがあって、昨今の大作人形アニメーションで失われつつあった何かを取り戻している。

あらゆる面で素晴らしい、超一級品の人形アニメーション作品でした。

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参照

Phil Tippett's MAD GOD

12/2(Fri)公開『マッドゴッド』公式サイト

1人の天才が30年かけて作った“狂気と執念”の映画。「日本なら、受け入れられると思った」